幸福妄想

空

気がつけば、がんじがらめになっていた。

何もする気が起きず、一体なにが心を占めているのだろうか?と、釈然としなかった。
なにか、悶々としていておかしい。
ずっと自問自答をして、眠れない日々を過ごしていた。

しかし、もしかしてと、思い当たったことがある。

私は誰のために生きていたいんだろう?
そう考えたとき、「自分の気持ちを大切にしたい」と思っていることに気づいた。
他人に対して「大切にして欲しい」がでてくるとき、実は「自分自身が自分を大切に扱っていない」のではないかと思った。

過去の自分がどうだったか、空を見ながら振り返ってみた。
ご多分に漏れず、相手になじられたとかが問題なのではなくて、自分を相手に合わせて殺したことについて、本当の自分が自分に「大切にしてよ」と悲しんでいたのだった。

それがわかったら、「なんだ。それだけか」と
急にバカバカしくなった。誰に嫌われてもいいやと、思った。

自分はいい人間でいたかった。
けれど、いい人間て「誰にとってのいい人間」だったんだろう?
相手にとって「都合のいい人間」
それは、相手に嫌われない。波風も立たない。
けれど、自分を殺して相手に合わせているので、自分を悲しませた自分を憎んでしまう。

憎しみは自分に向かって、攻撃を開始する。
自分を守るために、身近な人間関係を破壊する。
そうやって、自分を明るい場所から遠ざけてしまう。

よく、~してやったのにアイツは~だ!!とぶちまける人がいる。(私も入っている)

自分の気持ちを我慢して(殺して)まで「~してやった」から、悲しくなっているんだと思う。

我慢しないと付き合えないと思っている自分の「そのままで好かれるはずがない」という想いが、自己実現を果たしてしまう。

だから、ネガティブな言葉たちに、自分をさらさない工夫が必要だと気づいた。
これから先も、ネガティブばかり吐く人間と、付き合いたいのだろうか。
毎日100%ネガティブ漬け。
オイルサーディンは食えても、こんなもの煮ても焼いても食えない。

そんなことを自分にしたら、苦しくなって当たり前だ。

世の中の全員から好かれるなんてことは、あり得ない。
世の中の全員から嫌われるなんてことも、あり得ない。

「できる、できる、君ならできる!!」
来年の日めくりカレンダーが、毎日ポジティブな声掛けをしてくる。

ポジティブな言葉に囲まれているのは、幸せだ。
根拠のない幸福感。
その妄想チックな幸福感が、現実の幸福を連れてくる。

幸福妄想。傍から見たらおめでたい。
おめでたいので、そのままおめでたくなれる。

手を離すことで、この考え方がスッと入ってきた。
半ば無理矢理な感じもあったが、手を離すことの大切さを知った。

信じても裏切らない人間がいる。
それは、自分自身だ。

この部分だけ読んだら、殻にこもったと思われるかも知れないが、逆に外に出て、思い切り動けるようになったと感じている。

幸せすぎて、おめでたいのだと思って生きてみよう。
人生がいいことで、いっぱいになっていくことだろう。

よかったら、、、

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むんや

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「なんとでもなるさ」を合言葉に。 挑戦は続く。詳しいプロフィールはこちらから
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