振り返れば夢

全てが、自分だけの空想の世界だとしたら、と
考えてみた事がある。

全ての辛いことが、自分の空想上の事だったらと、考えてみる。
「春の夜の夢」という例えもある。
だとしたら、物語りの主人公は私。悲劇も喜劇も何もかもが自分の創り出した空想ならば、自由自在に泳いでみたい。

私は食べ物を作りたい。
ゆったり流れる時間の中で、のびのびと生きてみたい。
と、言いながら、せっかちな私の事だから、次から次へと何かをするんだろう。

もともと、「じっとしてなさい」と言われるのが嫌いだった。1センチたりとも、体を動かしてはいけないのだ。動かしたら、殺されてしまう!と、そこまで、全身の筋肉を硬直させて、生きてきた。

元来の私は、じっとなんてしていられないから。
いつもいつも、どこかしらで、リズムを取っていないと、調子が狂ってしまう。

それは、歌うことだったり、歩くことだったり、その時々で違うけれど、じっとしているのは拷問だと思う。

筋肉のつき方のアンバランスがある人にとって、動くことは生きる術なのだ。

そんな事が、まわりに理解されない。
簡単に「落ち着きがない。多動」などと、表現されてしまう。
人間だって動物だ。動物は動くもんだ。
そう言っても、通じない人はいる。

この通じない相手は往々にして、家族だったりする。
そのために、したくもなかった苦労をした覚えがある人は多いと思う。

違うタイプの人間には、事細かな説明が必要になる。
しかし、通じる相手とは、あ、うん。
だから、家族以外の気の合う人を相手にする方が、楽なんだと思う。

人間の言動は全て、自分の心の投影だと言う。

それを知ってから、文章を読んだり書いたりするのが、苦痛になった。
自分はこんなにも、汚れていて悪人なんだと再認識して、諦めた。

ロクデナシは人だけど、人でなしは
人間ではない。

もはや、人間ではないとわかってしまって、仕方ないやと、自分を受け入れてみている。

ポジティブな日めくりカレンダーでも、めくってみよう。

「できる できる、君ならできる!!」

もう、この日めくりカレンダーは自分の脳みそを洗うために存在する。

洗脳。

よかったら、、、

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むんや

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「なんとでもなるさ」を合言葉に。 挑戦は続く。詳しいプロフィールはこちらから
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