罪悪感について

罪悪感について、考えてみました。

私は生きているだけで、まわりを不幸にしてしまうと、捉え間違えながら、生きて来ました。

私に対して
「あんたはおかしい」
「全部お前が悪い」
という、言葉がじゃんじゃん毎日のように、降っている時期がありました。

その雨はもう、降っていないというのに、屈折して、拗ねて
「わかったよ。もういいよ。私が息をしているだけで迷惑なんだね。」
と、訳のわからない罪悪感を勝手に背負ってきました。

本当は、主語が何であれ、言っているご本人の言葉ですから、ご本人の事を表していたのです。

自分から出てくる他人への批評や批判、悪口を全て書き出して、
主語を「わたし」に変えてみてください。

それ、全部自分自身のことを表現している言葉たちです。

怖いわぁ。
他人から
「えっ?なんでそんなこといつまでも、気にしているの?」
という、反応をいただいてきた事に、納得しました。

この怖い私を愛しく思いながら、生きてみようと思います。

自分の中には、自分を大切にしようとしながら、大切にできなくなっている時があります。
きっと、沖縄の三線(さんしん)の調弦をする
カラクイが演奏しているうちに、巻き戻って調弦が狂うように、私という人間もまた月日と共に忘れては、ハッとする事を繰り返して行くという、カラクリがあるのでしょう。

「悩んでる時って、体の血流が良くなくて、苦しいだけなんじゃないだろうか。人間の脳って馬鹿だから、それを錯覚して悩みだと思い込んでいるだけなんじゃないか。」と、思いました。

で、はじめに感じていた罪悪感は、お散歩によって消えました。

悩んでいる時は、散歩に限る!
散歩できるのは、ありがたいことです。

よかったら、、、

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むんや

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「なんとでもなるさ」を合言葉に。 挑戦は続く。詳しいプロフィールはこちらから
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