愛をコメてみたいのはなぜだろう

自分以外の人間の頭の中に興味がある。

他人様の書いた文章って、どうしてこんなに味付けが違って面白いのだろう。
きっと、お題をいただいて
「さあ、書いて」と、やったとしても
全員が違うことを書くことになる。

そして、読み進めて
「あああ〜。さらさらと流れがあって、淀みなくきれいな小川のよう。はぅーん。こんな文章を書けと命令されたとしたって、書けないわ。」
と、アゴ下に片手でテーブルとの間に橋脚を立てながら、眉間にシワをクッキリと寄せている。

最近、それが癖になってきて鏡を見るたびに
おっかない顔でびっくりする。

もちーと、優しい顔がいい。
抜けてるくらいの穏やかさが欲しい。
これじゃ●●●13が獲物を狙っているようだ。

「私が狙った獲物を逃すことは、無い。」
本家は無口な男だが、心の声がダダ漏れバージョンのアニメを作ってみたくなる。
普段はクールなのに、本音は・・・。
とか、こんな妄想ばかり浮かぶ。
すぐに、話は脱線して羽を広げて飛んでゆく。

よく
「著しく一脱した行為」などと、ニュースで流れたりする。そのたんびに、何にもしていないのに自分が書いた文章のお陰で、逮捕される姿を妄想し始めてしまう。
気づけば、口に入るはずだったおかずが、太ももに落下している。

しょっちゅう食べこぼす。
先日はピザのバジルソースが服に垂れた。
油系で、しかもバジルの葉っぱの緑。
落ちるだろうかと、心配しつつも台所用洗剤でもみ洗いをした。するりんとキレイに油シミが取れた!

すごーい。日本の洗剤ってすごーい。
これだけすごいんだもの、そりゃ素手で触ったら荒れるわ。と、指紋の無くなりかけた指を見ながら感心した。
いつ指紋センサーが反応しなくなっても、驚かない。
ハンドクリームを買っても、塗るのは忘れてしまうのだから、どうにもならない。

ゴム手袋なんて、縮んでジャストサイズになっている。
買い物に行くと、頭の中の台所にはゴム手袋がちゃんとある。だから、捨てない限り次の跡取りさんを買えない。しかし、捨てたら捨てたで、捨てたことを忘れてしまい、やっぱり買えないで帰宅して困ることになる。

メモを取ればいいとまわりは言う。
そのメモをポケットにしまう。
お店に着いたら、メモの存在を忘れる。
帰宅して玄関ドアを開けた瞬間に、メモの存在を思い出して、
「あっ。」と、毎日のように自分の間抜け加減に腹が立つ。

ちなみに今は、お米が切れかけている。
切れたら、乾麺を食べて、冷凍食品を食べて、コンビニのおにぎりでしのぐ。
不思議なことに、コンビニでお米を買ってくるという、選択肢が欠落してしまう。

無事に米を買ってくるには、どうしたらいいだろうか。

よかったら、、、

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むんや

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「なんとでもなるさ」を合言葉に。 挑戦は続く。詳しいプロフィールはこちらから
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