シナマンサク

東京から真っ直ぐ一本道を歩くと、皇居のある大手門に出る。
お濠の水面には水鳥たちがいる。大手門から先は、無料で入ることができる。

今は梅や写真のシナマンサク、福寿草が見頃を迎えている。
税金が〜。
などと、よく言われるが、皆様を無料で出迎えてくれている。
当たり前だけれど、鞄の中などのセキュリティチェックを受けてから、「はい。いいですよ。」と、許可されて通される。

園内では野鳥がすぐ近くまで飛んできて、枝にとまり、雌雄で鳴き合いを始めた。
「どこー?」
「こっち こっち」
人間の言葉に訳したら、そんな感じだろうと思う。

私と木の枝に止まる野鳥との距離は、1メートル。
近すぎて驚く。

そういえば、昔から動物にやたら好かれていた。
草食動物のヤギやヒツジは、私のシャツの袖や裾をくわえて「はむはむ」する。
牛は鼻水ダラダラの口元を肩に押し付けてきた。
シラサギは頻繁に私の目の前を横切る。
夏場の夕方は、コウモリが至近距離まで、飛んでくる。
玄関には毎朝、野鳥が朝を告げに来て、フンを置き土産にする。

カラスはフェンスの上で、近づいても逃げない。
車道を渡りかけて、轢かれそうになっている猫に
「来ちゃダメ!」と、言うとピタリと停止した。

以心伝心。
言葉を持たない動物の方が、利口に思えて仕方がない。
人間は言葉があるために、通じると誤解してしまう。
一人一人、言葉の意味が違うのだ。
「チューリップ」
この言葉から、何色のどんなチューリップを想像しただろうか。そもそも、生きているのだろうか、絵や音楽の可能性だってある。

こんな風に、人間は言葉があるから通じると、思い込む。
でも、言葉の意味が100%通じることは、ほぼ無い。

何だかわからない言語を話す外国人と、コミュニケーションをする時、人はボディランゲージ、身振り手振りで会話する。
これが本物のコミュニケーションではないかと、密かに思っている。

だから、身近な家族というのは、異星人の集まりくらいに、捉えておいた方がいいと思っている。
日本語が上手な異星人だと思えば、意味が通じなくとも、
「通じなかったか。仕方ない。」と、簡単に諦めがついて、終わりになるのではないだろうか。

「家族って、異星人が同じ空間で暮らしているコミュニティ」だと、捉えてみたら家族との関係性が、少しだけ楽になる部分がある。

ん。私の隣にいるのは異星人。
道を歩けば、異星人だらけとすれ違う。
電車に乗っているのも、全て異星人で、仕事仲間たちも、異星人。
異星人と異星人がカフェでお茶して、異星人たちが、異星人の映画を観る。

宇宙人は存在するのかとか、地球人だと思っている異星人達が、議論していたり、集まって、ロケットを造っていたりしている。

夫婦は他人だという認識があるが、とかく子供となると、おなじ星の人間だと、勘違いしやすい。
しかし、実際に生まれてくる子供は、一人一人が異星人なのだ。大人たちの度肝を抜くような、個性を持っている。

そんなこんなを考えて、エレベーターに乗っていたら、自動音声が
「ごかいです」と、告げた。
ハッとして

うんうん。誤解だらけだよね。

私が行きたいところは8階だ。

よかったら、、、

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むんや

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「なんとでもなるさ」を合言葉に。 挑戦は続く。詳しいプロフィールはこちらから
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