年々春が短くなってきていると、感じる。

三寒四温を繰り返して、暖かくなり桜が見頃を迎える。
しかし、春うららと表現されるような日が、幾日あるだろうか。
突然現れる「初夏の陽気」。春だなぁなんて、感じるヒマがない。
浮かれていられることなく、夏が来て、なんだか雨が降り続いて、猛暑日を迎える。
こんなパターンが繰り返されている。

ちょっと、さみしい。
冬の間に少しずつ膨らんだ花のつぼみ。
もう、開いているものも、これから開くものも全て、「一夜の夢」と表現されるものなのだろう。
人生には上り下りがある。
どん底があり、地の底から這い上がってきた人間にとって、春は信じ難いものだ。
そして、春はすぐに終わり、夏が来て、秋が来て暮れてゆく。
黄昏ていると、枯れてしまう。

だから、悔しさは我慢し過ぎないように、吐き出した。
おかげで、今日は何もかも違って見える。
人間が潰れてしまうときは、何かを我慢し過ぎの時らしい。
その場は我慢する必要があるかもしれないが、どこかで出さなければ、潰れてしまうのだ。
学んでは、忘れ、学んでは、忘れる。
しかし、そこからも学んだ事がある。

「私という人間て、懲りないんだな」
ということだ。

朝令暮改。昔書いたものを読むと、
書いたのは、誰ですか?と、言いたくなる。
書いた人間が、罠にハマるように具合が悪くなった。

書いたにもかかわらず、全てが実行できているわけでもない。
以外と、気づいて楽になり、時間が経過して、同じ種類のことに引っかかっていたりする。
だから、あまり気負わずにいようと、鯵の開きと共に開き直ってみる。

そんなこんなで、私は立派なものでもないが、一つの個性として存在していようと思う。
人の優しさに触れるたびに、ホロリとし、人の理不尽な言動に憤る。

良かった。私は仏になってない。
間違いなく人間だ。

よかったら、、、

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むんや

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「なんとでもなるさ」を合言葉に。 挑戦は続く。詳しいプロフィールはこちらから
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