ゆとり世代と悟り

家族は信用してもいいのか。そんなことさえ疑うようになった。

「家族だから」というのは妄想の類であるという他人の見解に、最近同意し始めた。
前なら、チョット行き過ぎた考えだろうと思ってきたが、今なら断言できる。
「家族は全員他人である。」

人間不信の大元を作るのは家族だ。
たくさんの出来事に終焉は必ずやって来る。銀行口座を確認したら、速攻で行動を開始して引っ越そうと思っている。
坂を転がり落ちるなら、木の根っこや岩に頭をぶっつけて、記憶が出来ない状況に陥ったとて不思議はない。
いざとなったら、全部捨てて受け入れ先に転がり込もうと思っている。

大切なのは私の健康。命。
それ以上に大切なものなんて、あるわけがない。

誰にでも道はある。
きっと、草をかき分けて進むしかない道なき道なのだ。

スマホは解約か。
ガラケーに逆戻りさせてはどうかと、本気で考えている。
便利さと引き換えに、脳の過剰な興奮状態が続き不眠となった。
縦スクロールをしながら、文章を左から右へと長時間読むことは非常に危険である。
私の経験上、SNSで反応が得られることが報酬となって、ゲーム脳。つまりスマホによるゲーム依存と同じ状態に陥っていたのだ。
それに気づかずにブログを書き続けていた私は、間違いなく馬鹿だ。
そんなことに時間を費やすのは、命の無駄遣いだ。

これからは自分のささいなものを、お金に変えていこうと思っている。

飯を食わなきゃ、人は死ぬのだ。

散々トイレに通って、水に流したったというのに。まだ足りないとでもいうのだろうか?
キツネにつままされ、タヌキにいっぱい食わされるかのごとく、お蕎麦を食べて、煮え湯ならぬ蕎麦湯をお約束通りに、飲んだったというのに。
スポーツ飲料も全部、飲み干したったというのに。

もう腹の中には、煮えくり返るだけの情熱もない。
白けてしまい、冷めて冷えて、冷酷な人間になった私がいるだけだ。

よかったら、、、

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むんや

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「なんとでもなるさ」を合言葉に。 挑戦は続く。詳しいプロフィールはこちらから
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